過敏性腸症候群、呑気症|埼玉県さいたま市大宮区 心療内科|心と体のクリニック

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過敏性腸症候群、呑気症

過敏性腸症候群

当クリニック受診患者の傾向

 過敏性腸症候群(IBS)は症状別の分類では、多い順に便秘型、下痢型、便秘下痢交代型、ガス型とされています。ところが当クニリックを受診される患者さんの数はちょうど逆で、多い順にガス型、便秘下痢交代型、下痢型、便秘型という順になります。これについて説明します。

 まず便秘型ですが、大半の人は病院やクリニックには行かず下剤や健康食品を買うなどで対処している人が大半なようです。このためか当クニリックを受診される患者さんは、大量の下剤を使っても効果ない人や腹痛が強い人など、特殊な人に限定されます。

  次に下痢型の人は内科や消化器科を受診して、下痢止めや整腸剤を処方してもらっているようです。とくに過敏性腸症候群の下痢型に効果的な薬、イリボーが発売されてからは、下痢だけに困って当クリニックを受診をする人は少数派です。このタイプで当クリニックを受診するのは、会社や学校に行くときに下痢や腹痛がひどくなるなど、ストレスや性格要因が関係している人が大半です。

 では便秘下痢交代型はどうでしょうか。これについても便秘でも下痢でも効果があるとされるコロネル(ポリフル)が発売されてからは薬で改善することも多くなりました。このため当科を受診するのはストレスや性格要因が関係している人や、コロネルでは改善しない人たちです。

 最後にガス型です。内科や消化器科ではガス(おなら)に対してガスコンという薬が使われることが多いようです。ガスは腸内ではシャボン玉のような泡状になっていますが、この泡の表面張力を低下させる作用があるとされています。このようにガスコンを服用すると理屈上は、お腹にたまったガスが減るはずですが、実際にはうまく行かないことも多いようです。

 なにしろ過敏性腸症候群の治りやすさの順番は便秘型、下痢型、便秘下痢交代型、ガス型といわれています。つまりガス型の治療が一番難しいということになります。

  このため内科や消化器科で改善しなかったという理由で当クニリックを受診する人が多くなる傾向があります。

お願い。ガス型で受診される方に──特に県外受診の方に─

 最近、おならに困って県外など遠方から受診される方が増えています。それ自体はありがたいことなのですが、遠方からの通院の場合、治療が中途半端な形で中断してしまうケースが少なくありません。

 先ず理解して頂きたいことは、私のクリニックでは、おならに関する特殊な検査機器が備わっているわけでも、他の病院ではやっていない特別な治療を行っているわけでもありません。

現在、世界的に見てもガス型の研究者や臨床家は少なく、治療も試行錯誤というのが実情です。またガス型に対する診断規準や治療法は確立されていません。

 おならで受診する患者さんが訴える内容は本当にさまざまです。それだけからも、ガス型が単一の原因やメカニズムからなる病気ではないと容易に推測できます。

 このため、私のクリニックでの診断(見立て)や治療も手さぐり、というのが実情です。それはたとえば患者さんからの話から、私がこれまでに診た患者さんで同じような症状を訴えた人を思い出しながら「あの人に効果的だったので、この人にも効くかもしれない」と考えて処方します。

 またその患者さんが「前回処方した薬は効果が無かった」という話があれば、「この処方で効かなかった同じようなタイプの人で、こんな処方に変更してうまくいった人がいたので、変えてみよう」などと考え直したり、「処方を変更しないで粘れば少しずつ良くなるケースが多かったな」と考えたりします。

 私がやっていることは、そうしたことの繰り返しです。その結果、たった一回の受診で良くなったと喜んでくれる患者さんもいれば、半年たっても変わらないと不満を漏らす患者さんも出ます。

 そのため、一二回の受診では改善しそうもない患者さんに対しては「通院するなら半年は通院するつもりでやってください」と伝えて処方することがあります。私としては半年通院すれば、一通りの薬物治療を試みたことになり、この時点でも改善の兆しも見られない場合は、残念ながら私のやり方の限界だと考えているからです。

 ただ二三回の通院では、まだ手応えもはっきりしない状態のことも多く、この時点で治療を中断するのは、患者さんはもちろん私にとっても残念な事態なので、避けたいのです。このことをぜひ理解して頂きたいです。

 ただし「受診は一回しかできないが、アドバイスがほしい」という方も歓迎しますので、その旨を伝えてください。

過敏性腸症候群の診断基準-ガス型、腹部不快がなくなった─

 過敏性腸症候群の診断は専門家の間でもその基準がまちまちで研究にも支障が生じることが多かった。このため世界的な診断基準として1992年ローマでの国際会議を基にRomeⅠ基準が定められ、その後1999年にRomeⅡ、2006年にRomeⅢ、そして2016年にRomeIV基準へと改訂された。

 Rome基準では過敏性腸症候群は主に便の性状によって便秘型、慢性下痢型、混合型分類、不能型に分けられる(下表参照)。この際、ガスや腹部不快感の有無は考慮されない。

 つまりRome基準に従うとガス型は過敏性腸症候群ではない、ということになる。

 なぜ、こんなことになってしまったのか? RomeV基準は、できるだけ曖昧な症状は除外して調査し易くするという姿勢があるようだ。
たとえばRomeⅢでは過敏性腸症候群の診断では「週に1回以上の腹痛または腹部不快感が3ヶ月以上続き~」がRome IV基準では「不快感」が削除されたのは、不快感という表現が文化によって使い方が違い、また曖昧であったからという指摘がある(注)。

  同じような経緯でガス型も除外された可能性がある。たしかにガス型は他の過敏性腸症候群と異なり、便秘や下痢がないことが多いので、便の性状によって分類するという方法には向かない。しかし分類に向かないからといってガス型を過敏性腸症候群から除外してしまうのはいかがなものか。別枠で残すという方法もあったはずだ。
もともと過敏性腸症候群を専門とする研究者は多くはない。ガス型は過敏性腸症候群ではないということになると、ガス型を研究しようとする人はもっと減る可能性がある。これは少なくもとガス型で悩む患者さんにとっては大きなマイナスだろう。

RomeIVの過敏性腸症候群(IBS)診断基準
週に1回以上の腹痛が3ヶ月以上続き、排便により症状が改善すること
(RomeIIIには「腹痛または腹部不快感」とあった)
排便頻度が症状の変化に関連すること
便の形状が症状の変化に関連すること
2つの以上の項目を満たし、症状は6ヶ月以上前から出現していること。

便形状に基づき以下の4タイプに大別される。
・便秘型(IBS-C)
硬便または兎糞状便が25%以上あり、軟便(泥状便)または水様便が25%未満のもの
・慢性下痢型(IBS-D)
軟便(泥状便)または水様便が25%以上あり、硬便または兎糞状便が25%未満のもの
・混合型(IBS-M)
硬便または兎糞状便25%以上あり、軟便(泥状便)または水様便も25%以上のもの
・分類不能型(IBS-U)
便性状異常の基準がIBS-C,D,Mのいずれも満たさないもの
(RomeIVにはガス型の記載はない)

注: Gastroenterology 2016;150:1305–1318

IBSの最新情報──『過敏性腸症候群診断ガイドライン2020』より

『過敏性腸症候群診断ガイドライン2020』は日本の代表的な消化器の専門家や、心療内科医が集まって作成したものである。全てが最新とは言えないが、現時点で多くの専門家が認めた考え方や治療法が掲載されているので、参考になりそうな部分を紹介したい。なおこれはネットで検索することで誰でも閲覧可能である。
・IBSは国によって発生頻度が違う。では収入や役職での違いは?
 世界中の論文から集めたデータによるとIBS(過敏性腸症候群)の有病率(病気になる確率)は全世界では10~14%、日本では13~14%。有病率は国による差もあり、たとえばフランスは少なく、アメリカ合衆国、日本、中国では多いといった差がある。
 収入や役職の違いを調べる研究もあるようだが、はっきりした結論はない。しかしたとえは日本人男性2万人を対象にしたインターネット調査では下痢系のIBSは非下痢系のIBSに比べ、役職や年収が高いという報告がある。
・感染性腸炎の後にIBSになりやすい
 感染性腸炎(細菌性、ウィルス性とも)後はIBSになりやすくなる。
・IBSで困るのは痛みだけない。QOLも低下させる
 IBSの人は痛みだけでなく、全体的健康感や活力、社会生活機能、精神的な日常役割機能といったQOL(生活の質)が健常人よりも落ちている。
・IBSはストレス、心理的要因が関係する
IBSがストレスと関係することはさまざまな調査で証明されている。たとえば実験で社会的ストレスを与えると、大腸の運動や大腸平滑筋電図が亢進する。IBSの人はたとえば消化管刺激に対する中枢性反応の増強や、ストレス反応を支配する大脳にある扁桃体、前帯状回、島の活動の亢進が見られる。こうした脳と腸の関連性は腸脳相関と呼ばれ、IBSの病態に大きく関わっている。
・IBSは腸内細菌、粘膜炎症が関与する
IBSの大腸には免疫賦活状態といえる、肥満細胞、リンパ球、CD3細胞などが増加している。
IBSでは常在菌が健常者と異なり、便秘型、下痢型、混合型によっても異なる。このためIBSをビィフィズス菌などのプロパイオティクスを試み著効したという報告がある。
・IBSは神経伝達物質と内分泌物質が関与する
大腸進展刺激により前帯状回、扁桃体、中脳における信号増強および内側・外側前頭前野の信号低下がみられる。またIBSで背外側前頭前野など情動抑制部位の萎縮がみられ、萎縮が強いほど適切なストレス対処思考が冒される。
 IBSの病態に最も関連する神経伝達物質はセロトニンである。セロトニンの前駆物質であるトリプトファンを欠乏させるとIBSでは内臓知覚が過敏になり、不安が起きる。IBS下痢型に5-HT3拮抗薬(イリボー)を投与すると情動に関連する部位の活性亢進を低下させることができ、便秘型に5-HT4刺激薬(ガスモチン、アコファイドなど)投与すると大腸運動が引き起こされる。またIBS患者にセトトニン再取り込み抑制剤(パキシル、ジェイゾロフトなど)を投与すると、前帯状回の過活動が抑制され、症状も改善する。
・IBSと他の心理的異常は関係する
IBSが重症化するほど心理的異常が関係する。代表的なものとしてはうつや不安、そして身体化(体の異常をきたす)がある。また人生早期の虐待といったストレスも発祥リスクを高める。
・IBSは遺伝が関係する
双生児6060組の調査では二卵性の一致率は8.4%に対し,一卵性は17.2%と遺伝性が示された。

過敏性腸症候群診断ガイドライン
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/ibs.html

おならの源は口からの空気? それとも腸内で発生したガス?

ネットだけでなく医学的な専門誌をみてもおならの源について、異なる二つの記述がある。一つは「大半が口から入った空気だ」というもの、もう一つは「大半が腸内で発生したガス」というものだ。
こんな基本的にも思われる点で見解が異なるというのはどうしてなのか、不思議であるがどちらが正しそうか、私なりに考えてみた。理科でも習ったと思うが、空気は窒素78%と酸素21%、アルゴンが1%%、二酸化炭素が0.03%である。飲食をしたときに一緒に胃に入った空気のうち、一部はゲップとして口から出るが、残りは小腸に向かう。そして小腸に向かった酸素は吸収されたり大腸内の細菌によって消費されてしまい、大腸ではほとんど酸素はなくなる。
二酸化炭素については、十二指腸では胃酸と膵液中の重炭酸が反応して二酸化炭素が産生されるので、むしろ増えることになるが、この大半は腸管壁から吸収されてしまう。
一方、窒素は吸収も消費もされずそのまま残る。つまり口から腸に向かった空気の78%はそのまま残ることになる。
口から入った空気以外のガスは大腸で生じる。小腸で吸収されなかった食べ物の残渣(残りカス)は大腸にある腸内細菌(多くは嫌気性)によって分解され、水素、二酸化炭素、一酸化炭素、メタン、硫化水素、などのガスが産生する。この大半は腸管壁から吸収されるが、一部はおならになる。
ここまでは異論がない見解のようなので「おならの大半は口から入った窒素などからなる」という意見が正しいようだ。この考えに沿ったいくつかの論文などを参考にすると、健康な人の標準的なおならの平均的組成は、窒素が約60%、水素が20%、二酸化炭素が10%、メタンが5~10%、酸素が5%のようだ。ただしこれは個人差も大きく、食べ物によっても大きく変化するようだ。
なおこれらは臭いがない。おならが臭うのは全体の1%程度を占める硫化水素などのせいである。

お腹の張り。本当にガスが溜まっているの?(ガス型、呑気症)

過敏性腸症候群のガス型や呑気症、機能性の腸疾患の患者さんは「お腹にガスが溜まっているので痛い」とか「お腹が張る」と訴えることが多い。
 たしかに呑気症の患者さんは「ベルトを緩めないと苦しい」と言うし、また朝、目覚めたときよりも明らかに膨らんでいるので、お腹の張り感は腸内ガスの増加を反映しているのは間違いない。ただしそれは純粋に腸内にガスが溜まったことによる症状というわけではない、という最近の意見がある(注I9)。それは以下のような実験や見解を元にしている。

・IBS患者は少量のガスでも症状が出やすい

 まず健康な人にl分間に30cc(一時間1.8L)の速度で空腸(十二指腸に近くにある小腸の一部)に無害なガスを注入したが、これという不快感を示さなかった。つまり健康な人はこの程度のガス量では、速やかに排出されてしまい不快感を感じるに至らなかった、というわけである。
 今度は過敏性腸症候群の患者さんに一分間に12ccのガスを注入した。この量は健康な人なら症状が出ない量であるが、患者さんたちは腸内ガスの停滞感や腹部膨満などの症状を訴えた。おまけにこの症状は普段の症状に近いものだった。

・症状は大腸のガス溜まりではなく小腸のガス溜まりで出やすい

 従来、患者さんの腹部膨満感や腹痛は、大腸にガスが溜まっているからだと考えられていたが、そうではなく小腸におけるガス輸送の障害のせいだとするデータが示された。
また、お腹の張り具合は腸内のガスの量と関係するのは当然だが、お腹の痛みや張りといった症状出現には次のような傾向がある。それは腸が弛緩していると症状を感じにくい。また小腸は大腸よりも長いが、小腸にガスがある方が、お腹の症状として感じやすい、という特徴である。
その理由として腸反射の異常のため、過敏性腸症候群の患者は腸のガス輸送が遅れたり停滞するためと考えられている。

・IBS患者のガス量は健康な人と変わらない

 過敏性腸症候群の患者さんのガスの発生量は健康な人と変わらないことも分かっている。結腸でのガス生産の大きな割合を占める水素は、血液中に吸収され、肺を通して呼気によって排出される。過敏性腸症候群の患者さんのガス排出(呼気+肛門)において、その水素の量を測った実験では、健康な人と比べて「やや多い~変わらない」という結果であった。
腹満を訴える患者さんの多くは日中にひどく、そして夜間の休息後に解消する、と訴える人かが多い。患者さんの訴えと検査結果が関連することはCTなどの検査によって、裏付けられている。しかし普段腹満を訴える人と健常者のCT所見には差異がないという報告もある。
 これらから、症状は腸の全体にガスが増加しているというよりは、腸の一部分にガスが分布する(ガス溜まりが発生する)ことで生じると考えられる。

・結論。お腹の張り(腹満感)はホンモノか?

 大腸に気体を注入すると、健康な人ではお腹の筋肉が緊張することが筋電図などで測定できる。この反応は身体と内臓間で生じる反射によって生じる。腹満などの症状を訴える患者さんの場合、確かに客観的にもお腹は膨らんでいるのだが、腸の拡張を正確に反映した訴えとはいえない。
それというのも腹痛や腹満感といった症状は以下の可能性があるからだ。

  1. 腸内の部分的ガスの貯留や部分的膨張によるもの。
  2. ガスによる腸管内の刺激に対する知覚異常。
  3. 腹壁の緊張を抑制する内臓反射の障害のため,腸内の一部にガスが溜まりやくなっていたり、腹壁のジストニー(痙攣や硬直)や膨張を招いている可能性。

 つまりガス自体の問題といしよりも、ガスという刺激に対する応答が異常になっているために、患者がガスのせいで腹満や腹痛があるのだ、と誤解している可能性がある、というわけだ。
 こうしたメカニズムがもう少し明確になれば,ガス症状を訴える患者さんの分類や治療にも役立つだろう。

(注I9) F Azpiroz:Intestinal gas dynamics: mechanisms and clinical relevance,Gut 2005;54:893-895. doi

ガスコン。ガス型、おならに有効?

ガスコンの機序

おなら(ガス)に対する代表的な薬としてガスコン(メチルポリシロキサン)があります。
ガスコンは気泡(ガス玉)の表面張力を低下させて泡を破裂させる作用があります。また胃カメラや腹部レントゲン(X線)検査のとき、ガスの駆除にも用いられています。
 このため過敏性腸症候群のガス型をはじめとして、おならで困っている人や、お腹が張って困っている人によく処方されます。

ガスコン。効果はまちまち

 では本当に効果があるのでしょうか? 私自身、これまでに200人以上の患者さんにガスコンを処方したのですが、「効く人も効かない人もいる」という、なんともはっきりしない返事しかできません。

なぜ個人差があるのか?

 なぜ、ガスコンが効果に個人差があるの定説は無いようなので、私の個人的な意見を交えて話します。まずガスコンは気泡(ガス玉)を破裂を狙うものです。これは気泡の表面に対して効果をもたらすので、表面積が大きいほど、つまり泡が細かいほど効果的ということになります。
仮に腹部レントゲン所見で10cm以上もある巨大なガス玉があったとします。こうし患者さんは珍しくありません。このガス玉は見かけは大きいのですが、細かい泡と比べると体積の割には表面積は小さいです。
ガスコンの効果が表面積に比例するなら、このガス玉が破裂しても、吸収されるまでには、どう考えても時間がかかります。それというのもしゃぼん玉と違って、水中にある気泡なので、破裂といっても一回り小さい気泡に変化するだけだからです。
 念のために述べておきますと、私はおならが多い人やガス型の人の腸には「いつも巨大なガス玉がある」と主張しているわげではなく、あくまで「ガス型の人には巨大なガス玉が見られるケースが多い。そんなときはガスコンが効きにくい」という話をしているだけです。

試すべきか。副作用は?

 幸いガスコンの副作用については、まれに軽度な便通異常や腹痛などがある程度です。ですからおならや腹部膨満感で困っている人なら、試してもよい薬だと考えています。ただし、比較的短時間で効果が期待できる薬なので、一ヶ月以上服用して効果がないなら効果が無かった判断してよいもと考えています。

ではどうすればよいか─ガス型の人に

過敏性腸症候群ガス型を含め、おならがよく出る原因としてはガスの異常発生説の他に、腸の動きが悪い、腸内細菌の問題、呑気症を併発して空気を呑み過ぎているなどの諸説がありますが、本当のところはまだ分かっていません。
また治療法も定まっていません。ではどうやっているかというと、上記の説を念頭に試行錯誤しているのが実情です。しかし日常的な生活スタイルや食生活などの工夫もしながら治療を続けることで改善が期待できるとも考えています。

おなら、食べ物、腸内細菌

おならが出やすいのは食べ物のせいだ、と考える人が多いようだ。それ自身は間違いのではないが、誤解も多い。まず口から入った空気の一部がおならになる。これは窒素が主体なので臭いはない。
 もう一つは小腸で消化吸収されなかった食物残渣が結腸(大腸)において腸内細菌(バクテリア)によって変化(発酵など)して生まれる。このガスの一部は血液中に吸収され肺に運ばれ、呼気になり、残りがおならになる。
 まずガスの量はどうやって決まるのだろうか。一つはガスが出やすい食べ物をどれだけ摂取したかで決まる。もう一つは腸内細菌の状態(腸内フローラ)である。腸内フローラは個人差が大きいが、その組成は食物や環境の変化を受けにくい。つまり腸内フローラの組成によっては、ガスを生成しやすいタイプの人もいるということだ。そして腸の健康状態も関係する。
 ただし、健康な人の場合、ガスのためにお腹の症状を訴えことはない。というもの、健康な人は大量のガスが腸内で発生しても、無症状で排出させることができるからだ。
 ではおならの臭いはどうやって決まるのだろうか。小腸には、食物繊維を分解する酵素がないため、繊維分は小腸で消化吸収されず、大腸へ送られて分解される。その際の発酵によってガスが発生する。つまり食物繊維の多い食物を多く食べると、善玉菌が分解を促進し、二酸化炭素や水素、メタンが発生しておならとなる。特に、イモや豆を食べると出やすい。ただしこの発酵型のタイプのおならはくさくない。
 一方、腐敗型のおならは肉やタマゴなどのタンパク質が悪玉菌のクロストリジウムやバクテロイデス、これに加えて悪玉菌の影響下になびいた大腸菌などによってできるガスである。
 発生する悪臭ガスは、インドール、スカトール、アミン、硫化水素などであり、くさい臭いがする。これは大腸がんの発生と関係するともいわれている。
 この他、ガスの発生や臭いはストレスも関係する。ストレスを受けると、胃酸の分泌が弱まって、消化不十分の状態でで腸に送り出すことが増え、悪玉菌が増殖しやすくなる。また自律神経系が乱れること自体も悪玉菌が増える原因となる。
 この他、以前からストレスによって小腸の動きが悪くなり、逆に大腸の動きが亢進することが分かっているが、最近、過敏性腸症候群のガスに伴う症状は、大腸ガスよりも小腸ガスの量と関係することも分かってきている。

参考図書
光岡知足:健康のための食生活, 岩波アクティブ新書
辨野 義己:健腸生活のススメ,日経プリミアムシリーズ

 


呑気症(空気嚥下症)

空気を飲み込んでしまい、げっぷや腹部膨満感が生じる状態で女性に多いようです。
なおこれは機能性ディスペプシアの一部に分類されることもあります。
当クリニックを受診する患者さんの大半は「お腹が張る」ことに困って受診するようです。
原因としては精神的なストレスが主とされています。ただし本人がストレスがあるとは自覚していないこともよくあるのですが、そんな人も毎日の生活のなかで「がまんする」など(嫌なことを)飲み込む傾向があると認めることが多い印象があります。

腹部膨満の症状は
1.朝起きたときには症状がなく、夕方に向って徐々に悪化する。
2.排便やおならでは改善しない。
3.仕事がない日などストレス要因が少ないと軽くなる。
という傾向があります。

この他に、早食いなどとも関係し、食事の際に食物と一緒に空気を飲み込むために、症状が出る場合もあるようです。
治療としては、ストレスや緊張、不安などの原因となりそうな要因を考え、可能な限り減らすことが優先されます、抗不安薬や抗うつ剤などが有効なこともあります。
なお噛みしめ呑気症候群というほぼ呑気症と同一の病態があります。これは無意識のうちに奥歯を噛みしめ、空気を含む唾液を飲み込んでしまい、お腹に空気がたまるため腹部膨満などの症状が現れるというものです。
ただし噛みしめ呑気症候群という視点からアプローチする口腔外科や歯科の先生たちも、スプリント(マウスピースの一種)療法などの他に心療内科的な治療が必要なことは認めています。


呑気症が証明されたのは2009年!?

呑気症の患者はお腹の張りや腹痛といった症状があり、それは口から呑み込まれた空気のせいだ、とする考えは以前からあり、たとえば1979年に発行された内科学の教科書(注1)にも「消化管に停留する空気の約70%は口からのみ込まれたもの」とある。
 しかしそのことがちゃんと証明されたのは意外に新しく2009年のことだとする説がある(注2)。それというのもお腹のレントゲンなどによって胃腸にガスが溜まっているという所見があったとしても、そのガスが口から呑み込まれたものだとは断言できない。たとえばそのガスは次のような可能性がある。それは体の内部で生まれたもの、消化不良となった炭水化物などの食べ物によってできたもの、細菌の増殖によって引き起こされたもの、胃腸障害のため空気が溜まっている、といった可能性だ
このため2009年にGerritという研究者が(注3)10人の呑気症患者に対して腹部レントゲンの他、pHインピーダンス(酸性アルカリ性の程度を計測することで食道の空気の流れが分かる)で24時間モニターすることで実際に、空気が口から胃に向かって流れていることを証明した。
 本当にこれまで、呑気症の症状が空気を呑み込むせいだということを検証した研究者がいなかったのかという点ははっきりしない。しかしこうした検証の試みがほとんどなかったのは確かで、これは呑気症という病気に注目する研究者が少ないという現状を示しているのかも知れない。
ちなみにこの論文ではガス溜まりは胃、小腸、大腸のどの部分でも発生するということや治療法が確立されていないことなどにも言及している。

 

(注1)中川哲也:空気嚥下症、呑気症(新内科学体系19).1979.123-124.
(注2)BredenoordAJ:Managementofbelching,hiccups,andaerophagia.ClinGastroenterolHepatol.2013;11(1):6-12.
(注3)GerritJ.M,etal:Aerophagia:ExcessiveAirSwallowingDemonstratedbyEsophagealImpedanceMonitoring.ClinGastroenterolHepatol.2009;7:1127-1129

噛みしめ呑気症候群

 噛みしめ呑気症候群は、呑気症や空気嚥下症とほぼ同じ病態を指すが、主に噛みしめ(クレンチング)に注目して医歯大の小野繁先生が命名した用語である。すなわち噛みしめをすると、食べ物が口腔から咽頭に送り込まれたときと同じように、嚥下反射が誘発されて、唾液や空気の嚥下が起こるために呑気症になるというわけである。

 小野先生はこうした機序を抑制するため、仕組みを習慣的な噛みしめや口蓋への舌圧接などの緊張について自覚しやすいように一種のマウスピース(スプリント、口腔内装置)を装着させる治療を提唱している。

 医歯大の木村浩子先生による報告(注5)では、この口腔内装置を着装した患者の予後調査では、3カ月後の時点で117名中、著明改善9.4%、改善73.5%であったと述べている。ただ同時にカウンセリングでも改善78.6%だとしているので、口腔内装置を着装が他の治療法よりも優れているかどうかはこの報告だけから断言はできない。

 それというのも呑気は無意識に行われることも多く、こうした場合にはスプリントの装着が呑気の自覚に繋がらないことも少なくないようだ。また小野先生自身も口腔内装置と心療内科的治療の両方が必要なことを認めている(注6)からだ。

 ちなみに医歯大の報告によると空気嚥下症(187名、内訳男性57名、女性130名)の発症年齢は、10歳代が最も多く41.2%を占め、次に20歳代が19.8%、30歳代が15.0%であったとしている。つまり呑気症は若い世代が中心の病気ということになる。

 空気嚥下によるガスが原因と思われる自覚症状としては、腹部膨満感70.1%、頻回のげっぷ62.6%、排ガス症状47.6%、腹痛19.3%、鼓音15.0%であった、としている。

 すなわち呑気症は「お腹の張り」「ゲップ」「ガス」「腹痛」「お腹が鳴る」などの症状を併発しやすいことがわかる。

 

(注5)木村浩子:空気嚥下症 (いわゆる噛みしめ呑気症候群) と頭頸部不定愁訴に関する臨床統計的検討,日本歯科心身医学会雑誌,2007;22(2):73-83.
(注6)小野繁ら:「噛みしめ呑気症候群」としてとらえる呑気症の臨床経験:空気嚥下機構と治療効果について,心身医学, 2009;48(6):575

 


呑気症とストレス、性格、生育歴

 呑気症と精神的原因の関係ははっきりしないが「心理的要因に加え、無意識的に学習された習慣」という見方をする研究者が多いようだ。

 先程も挙げた木村先生の報告(注5)によると、呑気症のストレス(社会心理的要因)としては受験勉強や学校生活における授業中の緊張、友人関係の悩みなどが最も多く(39.6%)、続いて仕事による緊張やストレスが36.4%、家庭内の問題が20.3%であったとし、さらに心理テストから72.6%に抑うつ傾向がみられたとしている。

 呑気症に関する生育歴などの背景に関する報告は少ない。呑気症には深刻な要因があるとする研究者(注4)もいるようだ。たとえばスリランカにおいて無作為で選ばれた8つの学校における、13-18歳の2500人に対するアンケート調査によると、15%の人が呑気症で、この20.4%が身体的虐待、20.3%が精神的虐待、22%がその他の不幸なライフイベントを経験しているとし、さちに身体症状やQOL(生活の質)低下を示していると述べている。

 ただ日本でも同じような状況とも思えない。類似の報告が他に見当たらないことに加え、個人的な印象にはなるが、他の心療内科患者に比べて極端に虐待や不幸なライフイベントを体験しているとも思えないないからだ。もっとも、両親の不和といった家庭の問題を抱えていたり、緊張や孤立を強いられる環境を経験している人は少なくないようだ。

 なお、以前から呑気症の人は「言いたいことを呑み込む」「我慢する」傾向があるとされているが、私もそうした印象を持っている。ただひたすらガマンするタイプの人ばかりでもないようで、言うべきときまで待って発言するタイプや、じっくり何度も考えるタイプなどもよく見かける。

 

(注7)S. Rajindrajith S.et al:Aerophagia in adolescents is associated with exposure to adverse life events and psychological maladjustment,Neurogastroenterol Motil.2018;30(3). doi

区別が難しい「ガス型」と「自臭症」

 私のクリニックに「ガス(おなら)が困る」と受診される患者さんが少なくありません。ここで問題なるのは本当にガスが出ているかどうかです。もし本当に出ているようなら過敏性腸症候群のガス型、本人が出ていると考えているだけなら自臭症(自己臭症)、の可能性が高くなりますし、当然治療法も違ってきます。

 ただし実際にはこの区別は簡単ではなく、また両方ある場合も少なくないのです。たとえば実際にガスが出ると、普通は「今出た」と本人には分かります。ですから「おならが出る瞬間が分からない」というのは実際には出ていない、つまり自臭症ではないだろうか、と推測します。ところが、学校や会社の密室などにいると「おならが出るのではないか」という不安や緊張のため、おならが出た瞬間が分からないということが実際にあるのです。

 さらに自臭症といっても、お腹が張りやすかったり、腹痛、下痢、便秘といった過敏性腸症候群の症状も併せて持っている人もいます。実際、私も属す日本心身医学会の雑誌「心身医学 vol 55,2015」に小林伸行先生が「おならを主訴にした自臭症の53%が過敏性腸症候群だった(p1380)」という報告を載せています。

 むしろおならで悩む人はこの二つの病気を併せて持ちやすいのだと考えています。たとえばガス型の人は、臭い自体は微弱であっても、それを気にするあまり「いつも臭っているのではないか」という心配が頭から離れず、自臭症に近い状態になります。

 また自臭症の人は、もともと「自分は嫌われているのではないか」という気持になりやすい傾向があります。このため嫌われる原因探しをする傾向も併せ持つようになり、その結果、お腹のぐるぐる音や張り感、ガスなどを気にするようになる。さらに気にすることが腸の状態にも影響するといった悪循環が生まれやすくなる、といったメカニズムが生じやすくなるからです。

臭いセンサー(おなら検出器)について

 過敏性腸症候群ガス型や自臭症など、ガス(おなら)などで困っている患者さんの中には、実際は臭っていないのに、臭っているのではないかと心配して、人が多い所に出向くことに消極的になっているケースをよく見かけます。

 そんな人のために役立つのではないかと考え、いくつかの業者に「携帯型のおなら検出装置を紹介してほしい」と連絡してみました。その中には「この装置がお勧めです」と具体的に紹介してくれた所もあったのですが、臭いセンサーに詳しい方の話などから、私なりに「現時点では実用的なものはない」という判断をしました。

 その一番の理由は「臭いセンサーの能力は、人間の鼻より劣る」という点です。臭いを感じてもセンサーが反応しなかったり、またセンサーが反応してもおなら以外の臭いを検出するなどの誤作動のため、かえって不安になったり過度な心配をしてしまう可能性が大きいからです。

 念のために付け加えると、おならを検出することは一応可能なようです。ただ正確な判定のためには「無臭の部屋で下着を着ない状態で行う必要がある」ようで、当クリニックでこうした条件での検査を行うことは物理的に無理です。

 私は当初、携帯用の臭いセンサーを購入して、患者さんに貸し出すことを想定していました。このため一部の患者さんには「近い内に入手予定です」とまで伝えたのですが、以上のような理由で当分、臭いセンサーの導入は見合わせることにしました。申し訳ありません。

過敏性腸症候群に抗生物質── ガス型にも有効?

 抗生物質は、肺炎など細菌感染症に対して使われます。抗生物質は細菌を死滅させる働きがあるのですが、私たちの腸内に元々住みついている腸内細菌も殺してしまい、結果として腸内細菌のバランスを崩し、便秘や下痢、ガスなどになる可能性があります。したがって一般的には抗生物質は健康な腸の維持のためには、好ましくない薬といえます。

 ところが、この方法はあえて抗生物質を使おう試みです。それというのも、過敏性腸症候群の患者さんで、小腸で異常な細菌増殖が見られるケースがあり、その患者さんに対して(日本では未発売の)抗生物質を飲ませたら、過敏性腸症候群が改善した、という研究報告があり、注目されているのです。

 もともと小腸には細菌はあまりいません。その理由は、食べ物などに付着して口から入った細菌は、胃を通過する際に、胃酸の殺菌作用で大半は死んでしまいます。さらに小腸には、細菌の侵入を許さない免疫細胞が集まっているからです。

 小腸で細菌が増殖すると、栄養の吸収が悪くなりメタンガスなどが発生しやすいうえ、腹痛や便通異常といった症状が出やすくなる可能性があります。このため小腸の細菌を殺して症状を改善させるという発想は一応理にかなっています。

 以下私なりの感想です。まだこの治療法を当クリニックで始めたいとは考えていません。その理由はまず、小腸に腸内細菌の異常増殖を判定する簡便な検査が未だないからです。たとえば先程「小腸で異常な細菌増殖が見られるケース」の例を挙げましたが、これは「ラクツロース呼気テスト」と呼ばれる検査法での判定ですが、この方法はまだ信頼できる検査とはいえないのが実情です。

  また抗生物質は小腸の腸内細菌だけを殺すわけではなく、大腸の腸内細菌も殺してしまう可能性が高いうえ、まだ国内で使用可能な抗生物質で治療した例も少ないからです。
 当分は、細菌感染がきっかけで過敏性腸症候群になった例などに限定して行う治療法だと、現時点では考えています。ただ過敏性腸症候群のガス型の一部の人には有効な可能性はありそうです。

低FODMAP(フォドマップ)食が下痢型IBSに良い?

・下痢型IBSに有効という論文

 私はIBSを改善するためにどんな食事が良いのかについては、これまであまり考えてこなかった。そこでネットや本で調べてみたが、さまざま意見が乱立しているのが実情のようだ。

 しかし最近、低FODMAP(フォドマップ)食が下痢型IBSに良い、という意見があり、専門誌にもいくつかの論文が掲載されている。

 たとえばオーストラリアのHalmosらはIBS患者30名と健常人8名を対象に、1食あたり0.5g未満の低FODMAP食とオーストラリアでの通常食をそれぞれ21日間食べ、比較した。その結果、IBS患者では便の状態、お腹の張り、腹痛、おならのいずれも改善したと述べている(注I-12)。

 またZahediらは下痢型IBS110名を対象に、6週間の間、低FODMAP食55名、一般的な栄養アドバイスのみ55名の二群にわけ、比較検討した。その結果、どちらの群でも症状の程度、腹痛、お腹の張りなどが改善したが、低FODMAP食の方がより改善したと報告している(注I-13)。

・低FODMAP(フォドマップ)食とは

 FODMAPとは次のアルファベットからなる、腸で発酵しやすい、短鎖炭水化物であるオリゴ糖、二糖類、単糖類、ポリオールをさす。

F Fermentable):発酵性
O Oligosaccharides):オリゴ糖
D Disaccharides):二糖類
M(Monosaccharudes):単糖類

 P(Polyols):ポリオール(多価アルコール、糖アルコール)

 この中には一般的には腸内環境を整えるとされている食品も含まれている。しかしFODMAP食は腸内細菌の働きで、腸内で異常発酵し、腸運動に悪影響を与える。またFODMAP食は小腸内で吸収されにくく、小腸内にも過剰な水分が引き込まれ、その結果、腹痛やおならなどの腹部症状や、下痢や便秘などの便通異常が起こると考えられている。

 IBSの人に対して「発酵性がある食物繊維を摂取するように」と勧める記述を本やネットで良く見かける。しかしFODMAPの理論からすると、繊維質を摂ること自体は間違いではないが、それには「穏やかに発酵し、急激な変化をしないこと」が条件のようだ。つまり発酵性が高い低分子の食物繊維は逆にIBSの症状を引き起こしかねない、という主張である。

・低FODMAP(フォドマップ)食。現時点では推薦は留保

 ではどんな食品が低FODMAP食なのかは次に挙げるが、簡単に調べられるスマホのアプリもあるようだ(注I-13)。

 低FODMAP食はIBS下痢型の治療の第一選択になるという意見や、極端な例では「要するに小麦とリンゴを食べなきゃあいい」という主張すらあるようだ。ただ、たとえば小麦はその起源を15000年前に遡ることができ、パンに加工されるようになってからでも5000年の歴史がある。今では米、トウモロシと並んで世界の三大主食の一つである。それなら小麦消費の多い地域ではIBSが多い、という仮説が成り立ちそうだ。たしかにIBSの発症頻度は国によって偏りがあるが、どうやら小麦消費との関係はなさそうだ。

 IBSが腸内細菌の影響を受けるというのはほぼ間違いない事実である。しかしながら「ではどんな食事がよいか」に関してはまだ議論の最中だというのが現状だろう。このため、低FODMAP食についても、日本での報告を含めて肯定的な意見が十分出るまで、私としては低FODMAP食を勧める予定はない。

 

高FODMAP食の例(注I-15)
小麦、リンゴ、スイカ、ドライフルーツ、アスパラガス、ブロッコリー、マッシュルーム、パスタ、クッキー、アイスクリーム、ヨーグルト、チーズ(soft)、枝豆、大豆など

低FODMAP食の例 米、バナナ、ブルーベリー、レモン、グレープフルーツ、人参、セロリ、かぼちゃ、じゃがいも、グルテン抜きパン、オーツ麦、豆腐、砂糖など

 

(注I-12)Halmos et al:A diet low in FODMAPs reduces symptoms of irritable bowel syndrome.146(1):67-75.Gastroenterology. 2014.
(注I-13)Zahedi et al:Low fermentable oligo-di-mono-saccharides and polyols diet versus general dietary advice in patients with diarrhea-predominant irritable bowel syndrome: A randomized controlled trial.J Gastroenterol Hepatol.33(6),1192-1199.2018.
(注I-14)Monash University FODMAP diet:https://itunes.apple.com/jp/app/monash-university-fodmap-diet/id586149216?mt=8)
(注I-15)http://coffeedoctors.jp/news/699/

過敏性腸症候群に「便移植」療法──腸内細菌の組成を変える

 便移植(糞便微生物移植)は他人の便を移植する方法です。慢性的でなかなか良くならない 腸の病気の多くは悪玉菌と呼ばれる腸内細菌が関係するようです。そこで一気に腸内細菌のバランスを置き換えてしまう方法として、健康な人の便(腸内細菌叢)をそのまま移植するという方法が考え出されました。

 便移植は偽膜性大腸炎(抗生物質により、特定の菌だけが異常繁殖する病気)や潰瘍性大腸炎、腸管型ベーチェット病などに対して、欧米では9割を超える有効性が示されたという報告もあます。

 さらにこれに関連して、腸内に便を直接入れる代わりに、健康な人の腸内細菌叢をカプセルにつめて、経口で服用するという試みもあり、今後これらの病気に対しては有力な治療法の一つになる可能性があります。

 では過敏性腸症候群についてはどうでしょうか。実際にやってみたという報告もあります。たとえば過敏性腸症候群13例(下痢型9例,便秘型3例,混合型1例)に対して便移植を行ったところ,平均11カ月後において70%が腹痛や排便習慣,消化不良,腹部膨満感などの症状が改善したしたようです(Pinnら,2013)。

 ただし、まだ始まったばかりなので、過敏性腸症候群の治療としてすぐ広まるとはいえないようです。現時点では便移植は二親等以内の親族の便から、といった制約がある上、費用も数十万~百数十万するといった問題もあります。またカプセルによる内服治療試みはまだ研究段階だからです。

 さらに、もう一つ別の懸念材料があります。腸内細菌の大まかな組成は5歳ぐらいで決まってしまい、その後は大きな変化がありません。つまり腸内細菌の組成には個性のようなものがあって一人一人違うのです。

 「乳製品などで腸内細菌を変えよう」などの宣伝広告はありますが、それはごく僅かの変化を狙うことによって改善を期待する試みです。便移植は一気に大幅な腸内細菌の組成が変えることが狙いですが、そんなことが果たして、長い目でみてその人の健康に良いことなのなのか、私には判断材料がありません。

 したがって、便移植の是非は少し大規模で長期的な調査研究の結果を見てから、というのが私の今の気持です。

過敏性腸症候群、なかなか良くならない人のために──その1 ポイントは3つ

 当クリニックに通院治療を続けているのに一向に良くならない人がいます。ちゃんと統計を取ったわけではありませんが、通常は便秘型や下痢型、交代型による症状、つまり便秘や下痢、腹痛、腹部違和感などは早い人で数日、遅い人でも一カ月程度で改善します。その一方で二カ月以上たっても改善しない人もいます。割合でいうと20人に1 人(5%)ぐらいでしょうか。

 ただしガス型の改善にはもっと時間がかかります。私としては半年を一つの治療期間のメドにしていますが、それでも改善しない人が、20人中3~4人(15~20%)はいます。

 なかなか良くならない理由としては、主には私の力不足があります。患者さんは良くなると思って通院しているのですから、申し訳ないと思います。過敏性腸症候群はあくまで症候群(原因が一つではない)ので、もっと違った角度からの検討が必要なのでしょうが、それが不十分なのだと思います。

 ただその場合でも、患者さん自身が毎日の生活を工夫することで改善が期待できます。

 そのポイントは三つ。それはストレス、睡眠を含めた生活リズム、そして食生活です。

 他の心療内科患者さんにもいえますが、過敏性腸症候群の人は、真面目でガマン強い人が多い印象があります。要するにストレスを溜めやすく、ストレス発散に繋がることをあまりしない人です。ストレス発散法の詳細は他で述べたので省略しますが、僅かな時間でよいので、何かしらのささやかな「心と体をゆるめる」ことを実践して頂きたい。

 次に生活リズムです。人間にはほぼ24時間の日内リズムというものがあります。これを無視した生活は健康にはマイナスです。つまり毎日、同じような生活が一番望ましいのです。これは仕事や食事だけでなく睡眠にもいえます。毎日、寝つく時間が違うとか、睡眠時間が違うという生活はできるだけ避けましょう。

過敏性腸症候群、なかなか良くならない人のために──その2 食物繊維を摂ろう

 過敏性腸症候群で大事なのは食生活です。実は、私自身もこれまで、食事の重要性を知りませんでした。しかし腸内細菌を調べるにつれ、これは過敏性腸症候群の治療にとっても重要だと思うように至りました。

 私たちの腸には約100兆個の腸内細菌が棲みついていますが、その割合は善玉菌2割、悪玉菌1割、日和見菌7割が理想とされています。

 肉ばかり食べる生活が続くと悪玉菌が増えます。悪玉菌は便秘や下痢になりやすいうえ、おならが臭くなります。一方、善玉菌が増えると、黄色いバナナ状の快適な便が出るようになり、またおならも臭くないのです。

 では善玉菌を増やすにはどうしたら良いでしょうか。一般的にはヨーグルトなど乳酸菌入りの食品を摂ることを勧める人が多いようです。こんな話をすると、今度はどんな乳酸菌の食品が良いかという議論になるでしょう。

 乳酸菌入りの食品を摂ることの意義は、免疫が活性化され、腸内フローラ(腸内細菌の組成)にも好影響を与える、ということのようです。したがって「どんな食品を摂ったらいいか」という議論は要するに「どうやったら免疫活性が起こりやすいか」という話になります。

 その答えは「菌の数」のようです。つまり生きた乳酸菌でなくても、ビフィズス菌でなくても構わないようなのです。それというのも免疫活性は菌体成分に反応するので、菌が死んでいても構わないのです。

 ここまで話すと「そうか乳酸菌をたくさん摂ればいいのだな」という結論になりそうですが、私の主張はちょっと違うのです。というのも経口で摂取した乳酸菌は「たとえ生きた乳酸菌であっても、そのまま自分の腸内細菌にはならない」からです。つまり乳酸菌入りの食品は、毎日摂取する必要があり、あくまで一時的な助っ人(ヘルプ)にしかならないのです。

 また乳酸菌入りの食品は、個人によって効果も違います。さらには逆に下痢などの原因になる人もいます。したがって一時的なヘルプとしては有用だとしても、できれば自分の腸内細菌が育つような方法が良いでしょう。

 それには「腸内細菌のエサとなる食品を積極的に摂ること」です。それは繊維質の豊富な食物です。繊維質は腸内で分解され、腸内細菌、とくに善玉菌のエサに向いているのです。具体的には野菜、穀物、豆類、海草などです。要するに昔の日本人に近い食べ物ということになりそうです。ぜひ少しでも、毎日の食事にこれらを取り入れてみてください。

 

注) 最近、悪玉菌の中にも人に役立つものが見つかり、善玉菌、悪玉菌という表現は今後使われなくなる可能性があります
       

当クリニックで診ることが多い病気

(お願い)

以下のような精神科の病気は専門外のため扱いません。
統合失調症、躁うつ病、アルコール依存症、てんかん、発達障害など